
実は、中日新聞に掲載されたきっかけは、今春、2日間にわたって開かれた松浦キャプテンの御主人、滋(しげる)さんの実母、幸子(ゆきこ)さんの「刺し子展」でした。タイトルは「幸子ばあちゃんの刺し子展(97歳の手しごと)」。
写真は、幸子さんの刺し子の作品の1つです。案内の葉書には、以下のような文章が添えられていました。
今年3月30日で満97歳を迎え、「刺し子」の新作展を計画しました。
今回で5回目の開催となります。足をお運びいただけましたら幸いです。
松浦 滋

「97歳の手しごと」という副題は、新聞社にとっては、とてもニュース価値を感じる文字です。中日新聞の記者が取材に来て、記事にしてくれました(写真)。
滋さんは、ラオスの開校式に同行しました。
高校で体育の先生をし、校長先生も7年間つとめていた滋さんは、「教育は生きる力を育む」というエルセラーンの理念に共感していたのです。
バンバイ村で教育支援の「現場」を目のあたりにした滋さんは帰国後、学校建設の意義、開校式の模様などについて中日新聞の読者投稿欄に投稿しようと思い、その手順を、その時の記者に聞きました。
すると記者は、「直接取材させていただきます」と話して、今回の記事になったそうです。

開校式から約1か月。松浦キャプテン(写真手前)は、大阪市北区のホテルエルセラーン大阪で開かれたクリスマスフェスティバルへの出席や学校建設に浄財を寄せていただいたメンバーのみなさんへの報告など、大忙しの年の瀬です。
滋さん(写真中央)も、クリスマスフェスティバルに参加されるなどラオスの子どもたちとの交流を胸に刻み、教え子や「そば打ち」の仲間たち、スポーツジムの友人に、学校建設の活動を伝えています。
そして、滋さんは、来年の年賀状でラオスの開校式についてふれ、こう綴りました。
「開校式に出席し、感動しました」(写真)
