ボランティア

ベトナムで石田小学校が開校

【日本語で、スズコ!】
2019年4月8日午後、ベトナム北部の山村で、石田小学校の開校式が行われました(写真)。
午前中に開校式を終えた加茂和子キャプテンの加茂小学校から、専用バスでわずか8分。未明の嵐で吹き飛んだテントに代わって、急遽、結婚式用の美しいテントを借りてきて、会場が整えられていました。

「あっという間に着き、すぐに子どもたちの姿が見えました。緊張の中で、ああ、と思っているうちに始まった感じです。学校建設が決まってから3、4年、やっと子どもたちに会えました。テープカットの時に、開校式なんだ、とようやく思えてきました。帰る時は、涙がどっと出て、顔がくしゃくしゃになったのでは…と思っています」

石田鈴子キャプテンは帰国後、こう振り返りました。

「カズコ(和子)小学校」と紹介された加茂小学校に続いて、石田小学校も「これから『スズコ(鈴子)小学校』になります」と日本語で学校名が紹介されました。「常にきれいに保つことができますか」という現地NPOの「CSD」のメンバーの問いかけに、子どもたちは、元気いっぱいに「はーい」。
『着きました』『終わりました』『さあ、帰ります』…石田さんがそんな感じに思った「一瞬の開校式」は、実は子どもたちのエネルギーに包まれた、「人生に残る」(石田さん)かけがえのない一ページになったのでした。

【想像力と夢が広がるプレゼント】
石田小学校は教師5人、生徒121人。子どもたちはベトナムの国旗を手に、石田さんらエルセラーンの一行20人を出迎えました(写真㊤左)。
開校式は、子どもたちの踊りから始まりました(写真㊤右)。農業や林業、そして自給自足で約450人が暮らす村からも、ベトナム特有のノンラーという葉笠をかぶったお母さんたちが、村や地域の教育担当の関係者らといっしょにお祝いにかけつけていました。
石田さんたちは、図書コーナーの本棚や絵本もプレゼントしました(写真㊦)。
「教室に入って、図書コーナーに行くと、子どもたちの好奇心いっぱいの瞳に囲まれました。絵本のストーリーは、全部日本の物語だと聞いて、何かホッとした、温かいものを感じました。読み聞かせも行われると聞いています。子どもたちの想像力が培われていくことを、祈っています」と石田さん。石田さんたちの思いを酌んでプレゼントの選定などをしてくれたAEFA(アジア教育友好協会)や「CSD」のみなさんの心遣いが、胸に迫りました。

【村人の熱い想い】
エルセラーン化粧品教育部の向井ゆかり部長が、エルセラーン1%クラブの石橋勝代表(エルセラーン化粧品社長)のメッセージを披露しました(写真㊤)。

「ベトナムのみなさんは、勤勉で真面目な国民性によって新たな産業を興し、海外からの投資を呼び込んできました。都市との格差が大きいといわれる山間部でも、子どもたちの教育に熱心に取り組んでこられています。その熱意に、心から敬意を表します」

その石橋代表のメッセージを裏付けるようなあいさつが、退職して7か月になる、石田小学校の前校長、グエン・ティ・マイ・ホアさんから寄せられました(写真㊦)。

「この学校は1987年に林業の労働者の子どもたちのために、木材を集めて自分たちで建てた学校です。その後、1994年に本校(加茂小学校)ができ、ここは分校となりました。ずっと自分たちでやるんだ、と努力してきました。そして、AEFAのみなさまとお会いすることができ、エルセラーンのみなさまのご支援もいただいて、開校式を迎えることができました。崩れかかった校舎で勉強していた子どもたちが、今、新校舎にいることが本当に幸せです」

トイレや井戸も新築され、衛生環境も格段と改善されました。父母代表のヒウさんは、「私たちも学校と協力して、これからずっと木々や草花を植えていきます」とあいさつしました。

【好奇心と笑顔】
子どもたちは、まさに「不思議さに目を見張る力」(センス・オブ・ワンダー)を発揮して、遠い国からやってきた日本人を観察し、日本の国に想いを馳せました。
石田さんたちが、故郷(静岡県)の富士山をバックにした、新幹線やハナミズキのパネル写真を披露(写真㊤右)すると、子どもたちは身を乗り出して、食い入るように見つめました(写真㊤左)。
「交流タイムで教えた折り紙が、子どもたちの人気になって…。開校式が終わってからも、教えてくれ、教えてくれ、と、ちぎれた折り紙を持ってきて2度も3度もせがまれました。その時の、教えてほしいな、という子どもたちの顔が今でも、忘れられません」と石田さん。
「エルセラーン、ありがとうございます」という日本語でのパフォーマンスの時です。子どもたちは何度もやり直しながらも、はじけるような、飛び切りの笑顔を見せてくれました(写真㊦)。

【アオザイとメイク】
子どもたちの代表として5年生のチャン・ハイ・イエンちゃんが、あいさつしました(写真㊤)。

「いま、誇りと感動の気持ちの中にいます。山奥の田舎で暮らす私たちには、お金の問題や道路や衛生などの困難が、まだまだ、やまほどあります。でも私たちは、勉強の大切さを認識してがんばっています。日本のみなさまの有意義なプレゼントに、感激しています。私たちは将来、地元の村や国に貢献できるよう勉強に励み、みなさまのご恩に報いることをお約束いたします」

現役の先生に、開校式とは別の角度からインタビューしました(写真㊦)。先生方はみなさん、とてもアオザイがよく似合っていて、おしゃれですが、日ごろのお化粧はどうされているのですか、と…。

「アオザイは、私たちの正装です。お化粧は、みんな自分で思い思いにしています。メイクを指導してもらうような機会はありません。子どもたちの輝きが、私たちにも映えて美しくなればいいな、と思っています」

【涙のわけ】
さて、石田さんの涙(写真㊤左)のわけです。
開校式前日の4月7日が、71歳の誕生日でした。そのことが現地のNPOの人々にも伝えられ、午前中の加茂小学校の開校式の時間帯に急遽、子どもたちによる「ハッピーバースデータイム」がセッティングされ、合唱の練習を繰り返しました。

「ほんとにうれしくって。海外の子どもたちに誕生日を祝っていただけることなんてありませんよね。大勢の見ず知らずの人たちに祝っていただく、なにものにも代えがたい71歳の誕生日になったと思います。開校式の一場面としても、私の人生にとっても、強く心に残るものとなりました」

「ハッピーバースデー」の大合唱に、石田さんは目をぬぐいました。ご主人の孝男さん(写真㊤右)も、子どもたちとの交流の中で心を砕きました。
開校式が終わって専用バスにもどったお別れの時には、キャプテンやメンバーのみなさん(写真㊦左)も、本校と分校の先生たち(写真㊦右)も、涙のドミノ倒しにおそわれました。
石田さんは「メンバーのみなさまが、学校建設の意義をきちんととらえてくださって、『誇りに思います』と言ってくださったことに、大きな喜びを覚えました」。教育こそ生きる力、という想いが、新たな光をともしたのでした。

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