ボランティア

ラオスの渡辺小学校 記録的な行程と校庭

4月20日 ラオスのタームアンガオに新しい学校が開校しました。
栃木県の渡辺なつ美ボランティアキャプテンが代表となり、栃木県の17名とともに開校式に参列。
斎藤小学校開校式でもお伝えしたように、今回のラオス訪問は記録的な弾丸行程。
20日早朝に出発し3時間後、一行を記録的に広い校庭が迎えました。

ラオス サラワン県はエルセラーン小学校第1校が開校した地です。
同国第2の都市パクセのホテルを、一行は早朝出発しました。

「栃木のみんなとラオスに来ました。みんなで学校まで、行ってきまーす」

出発時のコメント収録でそうあいさつした渡辺さんを筆頭に、前日までの疲れが嘘のように、一行の表情は晴れ晴れとしていました。

移動車の窓の外に、大自然が広がります。(写真上)
ラオスの国土面積は日本の約60%の広さですが、人口は日本の約6%の691万人。国土の7割が高原、山岳地帯です。

ホテルを出発して3時間後、車がやおらスピードを落とします。
フロントガラスの先に、可愛らしい校門が見えました。(写真下)


「広いっ……」
思わず声を上げた渡辺さんの目の前には、広大な校庭。(トップ画像)
建造物といえば、背の低い学校だけ。
木々の緑と空の青が、校庭をより一層、広く感じさせます。

子どもたちからの歓迎を受ける渡辺さん。(写真上)
子どもたちは、はにかみながら国旗を振り、歓迎の花を一行に差し出します。

子ども、村人たちの花道を歩いていると、新校舎が見えてきました。
緑を基調とした配色は、前日の斎藤小学校と同じです。
少し違うのは、校舎の前のカラフルな遊具。(写真下)
就学前の小さい子どもたちが元気よく遊びます。
ドロップアウトすることなく卒業するためには、就学前教育が大きな役割を果たします。
小さな子どもたちにも学校に親しんでもらう。そんな工夫が見えました。

開校式は、生徒たちの歓迎の踊りで始まりました。(写真上)
いつもの制服の肩に、刺繍の入った布。ラオスの伝統工芸です。
素朴な音楽をバックに、女子生徒たちがゆっくりと踊ります。

渡辺さんのあいさつスピーチで、子どもたちから緊張が消えました。
「勉強はすきですか?」「友達はたくさんいますか?」「家族は仲良しですか?」「夢はありますか?」
どの質問にも元気よく、大きな声で子どもたちが答えます。

あまりの元気に、質問をした渡辺さんも「すごい……」とたじろぐシーンもありました。

元気な声が響くテントのした。
少し年長の生徒は、静かに渡辺さんを見つめていました。(写真下)


生徒代表 ニューワットさん(写真上左)のあいさつに、こんなフレーズがありました。
「このタームアンガオの開校式を通して、エルセラーンの皆さんと、この村の私たち、お互いの幸福が大きくなったように感じています」

また、外務省フッサナー・ウォンビラ局長(写真上右)は次のようにあいさつしました。
「日本からの支援がここに届いたことの意義は、参加して初めてわかるものですね。
今日のことは局に持ち帰り、私たちの仕事に大いに活用してまいりたいと思います。
そして何より、この村の開校式に、支援をした日本の皆さんが、この場に参加しているというのが、驚きであると同時に幸福に感じております」

二人が語った『幸福』は、笑顔と涙を呼びました。
白いノートを一行が歌ったとき(写真下)、渡辺さんは涙を止められなくなりました。

この時の涙を、渡辺さんは後日こう語りました。
「後ろに動く気配を感じて振り向きました。
外務省の局長、郡政府代表、校長先生、村長さん、現地の主賓の皆さんが、立ち上がって、生徒たちと同じように踊っていたんです。
立場や性別、年齢が違うみなさんが、にこにこして、嬉しそうで。その光景に、なんというか、平和を感じました。
こういうのってすごく素敵だなと思った途端、涙が止まらなくなりました」


村人たちは一行の昼食を、校舎の一室に用意してくれていました。
教室の中には空調などはありませんが、外に比べると天国のような涼しさでした。
ラオスの村のお母さんたちが作ってくれたお料理がテーブルに並びます。
カレー、スープ、オムレツ、フルーツ。
一行はめずらしそうに手を伸ばします。
「この鳥、日本のものと比べたら身が少ないのね。すごく痩せてるのね」
「でもおいしいわよ」

子どもたちと遊び、村人たちの歓迎を目いっぱい受け、お別れの時間が近づいてきました。
開校式を終え、一行はバスに乗りこもうとしますが、村人たちは最後まで別れを惜しんでくれます。(写真下)

このとき、渡辺さんにひとりの女の子が駆け寄ってきました。

「あのときあの子は、自分で折った紙飛行機を、私に渡したんです。
何も言わないけれど、笑顔で、でも目は強く訴えていました。
『私たちのこと、忘れないでね』
そんなふうに言われた気がしたんです。
この子たちの夢をかなえる姿を、見てみたい。
そして、ひとりでも多くの子どもたちが、学校に通えるように、私も頑張りたいと思いました」

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