ボランティア

ネパールの開校式 吉田ひとみさんは日本からエール

1月28日 ネパールの首都カトマンズから車で約3時間かかるジャナジャグリティで開校式が行われました。エルセラーン1%クラブのメンバーを代表して、吉田ひとみボランティアキャプテン(兵庫県)の名を冠し吉田小学校として開校。吉田キャプテンはご病気のため開校式には出席できませんでしたが、離れた心と心をつないだ開校式になりました。

学校までの道中。順調に走っていた8台の車が突然止まりました。
先導するアジア友好ネットワークの現地責任者・ガネシュさんによると「路面状況が悪く、安全確認の作業が必要です。少し休憩してください」とのことでした。
一行はひとときの休息に、辺りを散策します。が、見渡す限りの山、山、山。休憩しようにも、車外に出る以外することがありません。しかし、こういう場所にこそ学校が必要とされている、と噛みしめる時間にもなりました。

安全確認が取れ、さらに少し車で走ると学校に到着。淡い黄色の可愛らしい校舎の前に村人、先生、生徒たちが並んで出迎えてくれました。
赤や黄色のカラフルな布はタカと呼ばれ、客人の首にかけます。布にはお経がプリントされていて、客人の健康と幸福を祈ります。
テープカットのためのテープは、道路脇の木にくくりつけられています。
高価なものはありません。村の人の精一杯の、手作りの歓迎です。

テープカットは吉田キャプテンを支えてきたメンバーさんと、糸谷副代表が務めます。写真の中の吉田キャプテンは、石橋代表とともに柔和な笑顔をたたえています。日本からネパールに、思いが届けられた瞬間でした。
テープカットを終え、式典会場の席につこうとした一行に、ガネシュさんが言います。「まだ準備が終わっていないのでしばらくお待ちください」
準備中なのにテープカットは終えてしまう。これもネパール流です。ただ待つだけでは時間がもったいないので、教室に入って生徒たちと交流をしました。

エルセラーンの一行が子どもたちに折り紙を折ると、子どもたちは興味津々で見てくれます。教室の中では靴を脱ぎ、長机を囲んで床に座ります。古くは日本の寺子屋を彷彿とさせる光景に、懐かしさを感じたエルセラーンメンバーもいたかもしれません。

準備が整い、いよいよ開校式が始まります。吉田ひとみさんもメンバーと一緒に見守ります。
山地の空気はさわやかですが、テントの下の日陰では寒さを感じます。一方、日があたる場所では上着を脱いでも汗がにじむほどです。

国歌斉唱から始まり、女性教員による歓迎の歌が始まります。作詞作曲はこの3人の先生とのこと。10分を超える大作の歌詞の意味は次の通りです。
「今日は大変な道を通って、ようこそここまでお越しくださいました。お花で飾って、盛大に歓迎します。日本からお越しの皆さんの人生にも、美しい花が咲き誇ることを祈っています。この地域は地震によって大きな苦しみと悲しみに包まれました。日本の皆さんは、私たちの苦しみを自分のことのように感じ、助けてくださいました。倒壊した校舎再建のご支援に心から感謝いたします。皆さんに幸せが訪れますように」

ひとりの少女が進み出て、進行役が次のように紹介を始めました。
「吉田さんが体調不良で今日は会えないと聞いたので、生徒が吉田さんに手紙を書いてくれたそうです。持って帰って吉田さんにお渡しください」
手紙にはネパールの言葉でこう書かれていました。

「吉田ひとみさん、こんにちは。ご病気のために、今日の開校式に来ることができなくなったと聞きました。吉田ひとみさんの健康と、ご長寿を祈って、この手紙を書いています。この学校の生徒、村びとを代表して、吉田ひとみさんに感謝を伝えたいです。そして、吉田ひとみさんのことをずっと忘れないことを伝えたいです。早く元気になってください」

小さな学齢の生徒です。手紙などほとんど書いたことがないのではないでしょうか。
巧みな言葉や如才ない文章を使っているわけではありません。それでも、吉田さんへの感謝を精一杯伝えたい、そんな気持ちが伝わってくる手紙でした。

先生や生徒のダンスが式典を飾ります。
この村に住む人は、生徒も先生も100%タマン族です。
式典の幕間にガイドが話してくれました。
「タマン族というのは非常に信仰心が篤く、チベット仏教の僧になる人が多い。そのため、タマン族の人が教員になるというのはレアなケース。旧来の信仰に重きを置くため、グローバルな流れである『すべての子どもたちに教育を』という考えがおろそかになりがちです。信仰心の篤いタマン族が教員になるというのは珍しく、そのことを校長先生も喜んでいました」

学校管理委員会代表から閉会のあいさつ(一部)
「2015年の地震直後は村全体がパニックになっていました。委員会も同じです。どこで子ども達に勉強をさせればよいのか、まったく手立てがありませんでした。日本の皆さんのおかげで校舎ができました。心からお礼申し上げます。日本とネパールは遠く離れていますが、文化の上では似ている部分も多くあると思います。日本の皆さんを近しい友人と思い、皆さんの健康をお祈りしております」

式典のあとの交流会では、やはりダンス。

踊り疲れるとお菓子とお茶が振る舞われます。
村人からの心尽くしをいただき、学校をあとにしました。

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