石橋勝の想い「生涯心を磨き、夢の階段を昇りませんか」

マザーテレサの生き方に感銘を受け
ボランティア人生へ

石橋勝社長は、日米が開戦した1941年12月、徳島県の小さな漁村に生まれました。父は戦争でシベリアに抑留されて死亡、病弱な母と極貧の少年時代を過ごしました。

21歳のころ、礼拝に通っていたキリスト教の教会で見たマザーテレサの記録映画に魂を揺さぶられ、自らも「ボランティアに人生を捧げる」と誓います。ボランティア精神は、マザーテレサとの出会いを機に一気に膨らみ、「石橋勝」という人間の芯になっていきました。

模索しながらボランティアを始めたものの、個人の力には限界があると悟り、ボランティアの資金づくりのため、起業することを考えました。

当時、社会問題化していた化粧品公害に大きな憤りを感じ、肌にやさしい天然系原料による化粧品を開発、1981年4月にエルセラーン化粧品を設立します。

自然派化粧品のパイオニアとして業績は順調に伸び、1983年7月にボランティアの実践組織として「エルセラーン1%クラブ」を発足させました。

それからもずっと、国際ボランティアにまっしぐら。そんな石橋社長に、どんな想いでエルセラーン人生を歩んでいるのかを聞きました。

唯心と唯物

徳島大学の聴講生のころでした。コーラスグループに所属していたのですが、そこで知り合ったアルバイト仲間に誘われて、カトリック教会に行きました。その時、神父さんから聞いたのが、「唯心・唯物」というお話でした。

「唯心」とは、しあわせの最大の条件を「生涯心を磨き続けること」におきます。一方、「唯物」は「物」、つまり「お金や地位や名誉を得ること」におきます。

神父さんは、続けました。

「宇宙を創った神は、人間を創った。その時、『人はみんな仲良く助け合って、平和で美しい世界を創りなさい』という使命を課した。いつでもどこでも、世界平和に繋がるような考え方、行動ができるように自分を磨き続けなさい。そして、神の意志に従って生きれば、人は必ず本当のしあわせをつかめる」

この時、神父さんの話が、心にスーッと入ってきました。なぜかと考えてみると、おそらくそれまで私が貧しい生活をしていて、その生活に対して、憤りのようなものさえ感じていたからです。

(今までの悩みは、全て「唯物」ゆえの悩みだったのだ。お金があることがしあわせだと自分で勝手に決めつけていたから、悩まなくてはいけなかったんだ)

それがわかってきたのです。

人は何を見ても、何を聞いても、すべて心で判断します。たとえ同じものを見ても、同じ環境にあっても、それをしあわせと判断するか、不幸と判断するかは、その人の心しだいです。だから、その源である心が磨かれていれば、いつもしあわせでいられる…。

(そうだ。生涯、この唯心を自分の芯にして生きていこう。仕事においても唯心を貫こう)

そう心に誓いました。それが私の原点であり、エルセラーンの原点でもあると思っています。

ボランティアの意味

ボランティアの意味について、確認しておきます。

英語のボランティア(volunteer)の原義は、自らの意志により参加した志願兵のことです。語源は英語のwillの語源ともなったラテン語のvoloで、意思や志願を意味しています。

一般的には、自発性、無償性、利他性、先駆性の4つがボランティア活動の原則としてあげられます。

日本では、1995年(平成7年)の阪神淡路大震災時の被災者支援をきっかけに、ボランティアに対する意識や関心が強くなり、ボランティア元年と言われました。

そして、1995年12月の閣議で震災の起きた1月17日を「防災とボランティアの日」に制定することが決定され、翌1996年から実施されました。

さて、世間ではボランティアについて、以上のように語られていますが、私は、もっと奥深く考えてほしいと思っています。

ボランティアの真の意味がよくわからないまま、ボランティアという言葉だけが一人歩きしている気がするのです。

単なる奉仕活動やチャリティー事業から、極端に言えば、無報酬での働きも含めて、何でもかんでもボランティアと言ってしまい、最近では、ボランティアを趣味として、ファッションとして、流行として捉える人もいるように思えます。

ボランティアの概念やルールを知らずに、ボランティア、ボランティア、ボランティア…と言っていても実りがないし、無意味です。

私が考えるボランティアの本当の意味は「世界平和の実現に繋がる活動を奉仕の精神で行うこと」です。みなさんもぜひ、考えてみてください。

哲学的な生き方

ボランティアを継続する核になっているのが、エルセラーンの「哲学的な生き方」です。

一般的に「哲学」というと、さまざまな物事の「本質」をとらえる営みということになります。経験からつくり上げていく、人生観ともいえます。

私が「哲学」という言葉を使うとき、一番大切にしているのは、わかりやすさです。素晴らしいことを言っても、伝わらなかったらゼロです。

もっと簡単で、もっとシンプルに伝える方法があるはずだ…思慮を重ねた結果、私は、哲学の始まりを「人生を階段にして昇っていく、生き方に階段をつけること」と考えました。

<生き方に階段をつける。しかも今日、明日の階段ではなく死ぬまでの階段。努力と研究と勉強を重ねて、ティッシュペーパー1枚ずつでも成長していく。ティッシュ1枚といっても、1年365枚重ねると分厚くなる。人間は、オギャーと生まれてから死ぬまで勉強なのだ>

夢の階段

人生に階段をつける、といいましたが、その階段は「夢の階段」です。

この地球上の約76億人の脳の構造は、みな同じです。でも、その脳細胞を100%使い切った人はいません。一般人で、生涯に使う脳細胞は全体の5%から10%。エジソンのような 偉人と言われる人でも25%程度だそうです。

私は青春時代にその話を聞いて、「人間は不完全だから進化する。死ぬまでにこの脳細胞を100%使い切ろう」と思いました。

そして、自分の脳の可能性を信じないで『私はダメ』とあきらめてしまう人と、自分の脳の潜在能力を信じて努力し続けて成功する人に、なぜ分かれるのか、と考えました。

そんなある日、パッとひらめきました。高校や大学などを最終的に卒業する時、「あー、卒業できてよかった。これでもう勉強しなくていい」と思ってしまう人は多いと思います。

その瞬間、脳に分厚い鉄板ができます。すると、まだ使っていない脳細胞は、その後、ずっと死んだままです。自分の頭の中に勝手に、「私は勉強嫌い」という鉄板をつくってしまうわけです。

自分で自分の能力を否定しているわけですから、マイナス思考ですね。それに対して、プラス思考の人は「使っていない脳細胞は『夢のかたまり』。掘って掘って掘りまくろう」と考えます。成功者タイプですね。

夢のかたまりのプラス思考の人は、自分の未来に階段をつくります。昔の人は、次のように言いました。

「人間は、おぎゃあと生まれて死ぬまで勉強し続けると、必ず立派な人間になれるんだよ。人に喜んでもらえる人間になりなさい!」

夢をもって夢の階段をのぼっている人は、魅力的です。とても輝いています。オーラがでています。

私は、夢のてっぺんにマザーテレサをかかげて50年以上、ボランティアを人生のメインテーマに掲げて、実践してきました。

みなさん、エルセラーンの仲間になって、美しさと健やかさ、心の豊かさの3つを日本、そして世界の国々に広げていきませんか。世界中の子どもたちの笑顔につながる「国際ボランティア」の階段を昇りませんか。

繰り返しますが、それは「夢の階段」です。

オーラを放つ人生を、いっしょに歩きましょう。

エルセラーン1%クラブの活動

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